河野薫記念館
河野薫について 年譜 作品集 展覧会情報 探しています リンク トップへ戻る
年譜
河野薫
1916(大正5)年 8月12日、父義英、母イチの三男一女の長男として小樽市緑町
2丁目27番地(現/緑1丁目)生まれる。
父義英は安田銀行に勤務し、諸井春畦、華畦門下の書家(号煙畦)
であり、趣味も多才で俳句を好んだ。
1923(大正12)年 北海道小樽市緑尋常高等小学校に入学し、美術教師成田玉泉に出会う。
またこの頃、同じく成田に絵の指導を受けていた斎藤清と知り合う。
1928(昭和3)年 国民新聞社主催全国小学生成績品展覧会にて図画優等賞受賞。
1929(昭和4)年 北海道庁立小樽中学校入学。
1930(昭和5)年 9月、中学2年生(14歳)で、第6回道展に「富岡町風景」(10F、
油彩)入選。この頃、来道した棟方志功を成田から紹介される。
1931(昭和6)年 父義英転勤のため家族は釧路市富士見町へ移転するが、薫は小樽の
成田玉泉のもと小樽市富岡町に下宿する。成田の父親は小樽で警察
官として勤めた後、富岡町で警察官のための下宿を営んでいた。
1932(昭和7)年 第8回道展に「とうもろこし」(油彩)「花」(油彩)を出品。
10月、光土社展に「冬の近郊」(油彩)を出品。
1933(昭和8)年 5月、中学5年生(17歳)で、第一美術展に「北国の港町」入選。
第9回道展に「近郊閑日」(油彩)を出品。
1934(昭和9)年 北海道庁立小樽中学校卒業後、美術家を志して上京、川端画塾などで学ぶ。
1936(昭和11)年 先輩、斎藤清の紹介で出版社野ばら社に入社。
この頃父の紹介で、華道家安達潮花の知遇を得、潮花の催す椿祭に
招かれたことで、「踊りDANCING FIGURE」の連作が生み出される。
1939(昭和14)年 『写生資料』(著作)、『図案資料』(共著)野ばら社から出版。
応召、歩兵第26連隊入隊。
1940(昭和15)年 招集解除、野ばら社へ復職。
1943(昭和18)年 7月、秋山良子と結婚。
1944(昭和19)年 第13回日本版画協会展初入選「日蝕」「黒い太陽」(木版)、この
2点は収蔵先の火災で焼失。
1945(昭和20)年 北部第2部隊に応召、色丹島守備中に敗戦し、同時にシベリア抑留。
6月、長女えつ誕生。
1949(昭和24)年 シベリアから帰還、小樽市潮見台の家族のもとに戻る。
日本版画協会展再入選(セリグラフ)。
1950(昭和25)年 2月16日父義英死去。8月、次女さち誕生。
1950〜1954年 小樽市立潮見台中学校図工教員となる。
1952(昭和27)年 国画会展初入選。
7月、長男肇誕生。
1954(昭和29)年 日本版画協会会員に推薦される。この年の秋に版画家を志して上京。
1955(昭和30)年 第29回国画会展国画奨学賞受賞(セリグラフ「郷愁」「海の幻想」)
1956(昭和31)年 現代日本版画展推薦出品(木版、セリグラフ)
3月、三女みさ代誕生。
ユニセフカレンダーに「おうぎ」がGIRL WITH FANとして掲載される。
1957(昭和32)年 全道展会友となる。
第31回国画会展「白い花」「小鳥」(木版)出品。
オレゴン東西合流展推薦出品(セリグラフ)
ニューヨークセリグラフ国際展出品。
シカゴ国際版画展推薦出品(木版、セリグラフ)
コロンボ博物館展推薦出品。
ユーゴスラビア国際版画展招待出品。
シカゴ・メインストリートギャラリー展推薦出品。
現代日本版画展推薦出品。
1958(昭和33)年 2月16日〜23日現代版画秀作展(東京・日本橋三越7階ギャラリー)
に「少女」を出品。
第32回国画会展「風」「双鳥」(木版)出品。
ニューヨーク・セントジェームズ教会主催第3回国際美術展出品(木版)。
現代木版画秀作展出品(木版)。
スイス・グレンヘン・トリエンナーレ展出品(木版)。
国画会版画部会友に推薦される。
小樽市潮見台から転出、東京都練馬区南町(現練馬区羽沢)の新居に入る。
1959(昭和34)年 第33回国画会展「椿(A)」「慈像」
全道展退会。
日本版画協会第27回版画展「白と黒」「突進」(木版)。
9月1日〜12日「河野薫版画展」アメリカ文化センター3階画廊
5月4日(月)〜9日(土)養清堂画廊のほかシアトル、シカゴで個展開催。
セントラル・ワシントンカレッジ(アメリカ)でグループ展(養清堂企画)。
ホノルル・アカデミー・オブ・ア−ツ(アメリカ)でグループ展(養清堂企画)。
テキサス・ヒューストン美術館(アメリカ)でグループ展(養清堂企画)。
ロンドン・セントジョージギャラリー(イギリス)でグループ展(養清堂企画)。
1960(昭和35)年 1月、ベザレル・イスラエル国立博物館でグループ展(養清堂企画)。
2月1日〜27日シアトル 版画ギャラリーにて個展開催。
オ−クランド市立美術館(ニュージーランド)でグループ展(養清堂企画)。
1961(昭和36)年 第35回国画会展『飛天」(木版)。
国画会版画部会員に推薦される。
マニラ・コンテンポラリー・アートギャラリー(フィリピン)でグループ展
(養清堂企画)。
エルギン・アカデミー(アメリカ)でグループ展(養清堂企画)。
スプリングフィールド・ア−ト・アソシエーション(アメリカ)
でグループ展(養清堂企画)。
メルボルン・ア−ガスギャラリー(オーストラリア)でグループ展(養清堂企画)。
河野薫展 シカゴ・モリスギャラリー(アメリカ)。
1962(昭和37)年 斎藤清と河野薫展5月10日〜6月30日(ミネアポリス・ミネソタ州・
ウ−マンズ・カレッジ・ライブラリー・ギャラリー)開催、河野薫22点、
斎藤清26点展示。
ロンドン・サウスロンドンアートギャラリー(イギリス)でグループ展
(養清堂企画)。
第30回日本版画協会展版画展「きつつき(B)」(木版)。
第36回国画会展「椿(F)」出品。
ニューサウズウェールズ美術館(オーストラリア)主催、同国内巡回
現代日本版画展出品。
ECOLE DES BEAUX-ART (モントリオ−ル カナダ)
ヒルスデール大学(アメリカ)でグループ展(養清堂企画)。
マイアミ近代美術館(アメリカ)でグループ展(養清堂企画)。
シドニー・ニューサウスウエールズ・ア−トギャラリー
(オーストラリア)でグループ展(養清堂企画)。
ボゴタ・LIBRERIA セントラル(コロンビア)でグループ展(養清堂企画)。
エルギン・アカデミー(アメリカ)でグループ展(養清堂企画)。
「日本現代版画展」(マイアミ美術館、アメリカ)出品。
「日本現代版画展」(オーストラリア巡回)出品。
「日本現代版画展」(アーガス画廊、オーストラリア)出品。
1963(昭和38)年 第37回国画会展「おとずれ」(木版)出品。
第31回日本版画協会展「花(C)」出品。
「日本現代版画展」(カーネギー美術館、アメリカ)出品。
「日本現代版画展」(デンヴァー美術館、アメリカ)出品。
1963〜1964年 「日本現代版画展」ジャパンソサイエティー主催(アメリカ国内巡回)出品。
1964(昭和39)年 日本版画協会第32回版画展「椿(H)」(木版)。
第38回国画会展「髪」(木版)。
「日本現代版画展」(オークランド・ザ・イコン画廊、
ニュージーランド)出品。
「日本グラフィックアート展」(オークス、デンマーク)に出品。
1964〜1965年 外務省によるデンマーク、スウェーデン、イタリアにおける現代日本版画展に出品。
1965(昭和40)年 日本版画協会第33回版画展「花の仏頭」(木版)。
第39回国画会展「鳥と仏像」出品。
外務省によるクアラルンプールにおける、現代日本版画展に出品。
1965(昭和40)年 秋、発病、11月30日、肺がんの疑いで入院。
12 月7日、永眠。49歳。
1966(昭和41)年 第40回国画会展に遺作「かれい」「顔」「淡光」が展示される。
1967(昭和42)年 「河野薫遺作展」8月8日(火)〜11日(金)(小樽今井デパート
地下ホール)開催。
1973(昭和48)年 「河野薫遺作展」4月7日〜29日(ベルギー)開催。
1976(昭和51)年 「木版 河野薫遺作展」8月26日(木)〜8月31日(火)
(札幌東急百貨店7階画廊)開催。
2005(平成17)年 「木版の叙情 河野薫展」7月2日(金)〜8月7日(日)
(市立小樽美術館)開催。
 
  本年譜は、河野薫実弟河野潔編年譜をもとに加筆しました。
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